📖 ゼカリヤ書 3:1–10 < 恵みによって覆われた衣、回復の始まり >

📖 ゼカリヤ書 3:1–10 < 恵みによって覆われた衣、回復の始まり >

4 すると主は自分の前に立っている者たちに命じて言われた。
「彼の汚れた衣を脱がせなさい。」
そしてヨシュアに言われた。
「見よ、わたしはあなたの咎を取り除いた。今、あなたに晴れやかな衣を着せよう。」


罪の汚れから恵みの衣へ

ゼカリヤは、大祭司ヨシュアがサタンの訴えを受けている幻を見ました。
彼は汚れた衣を着ていましたが、それはイスラエルの罪と堕落を象徴しています。
しかし主は彼を責めることなく、「その汚れた衣を脱がせよ」と命じられました。
そして「晴れやかな衣を着せよ」と言われます。

これは人間の努力によるのではなく、**ただ神の恵みによって義とされる真理(Sola Gratia)**を示しています。
マイケル・ホートンが語ったように、
「福音とは、あなたが何をすべきかではなく、神があなたのために何をなさったかという知らせです。」
この幻はまさに、罪人を覆う恵みの物語です。


神は私たちを回復される

「わたしはあなたの咎を取り除いた」という神の言葉は、単なる赦しではありません。
神は罪を取り除くだけでなく、新しい衣を着せ、尊い祭司としての身分を回復されるのです。

救いは罪の赦しで終わらず、神のかたちを回復する契約の恵みの完成です。
そして福音とは、私たちの恥を覆い、失われた尊厳を取り戻す神の手です。
主は裁く方ではなく、回復を宣言される方なのです。


神の国の芽、キリスト

9節で神は「一つの石の上に七つの目がある」と語られ、
「その日、この地の咎を一日のうちに取り除く」と約束されました。
この“石”こそメシア、すなわちイエス・キリストを指しています。
彼は私たちの罪を負い、新しいいのちを与える贖いの礎です。

パウロが言ったように、
「キリストがわたしを通してなされたことのほかは、語らない。」(ローマ15:18)
私たちの働きは人間の力ではなく、聖霊の力によって完成される神の業なのです。


🙏 祈り

聖なる神よ、私たちの汚れた衣を脱がせ、新しい衣を着せてくださった恵みに感謝します。
私たちを責めず、イエス・キリストの義で覆ってくださる主を賛美します。
この恵みがこの地とすべての国々に広がりますように。
恥と絶望の中にある魂たちが、恵みの衣を着てあなたのもとに帰ることができますように。


💡 黙想ポイント

  • 神は裁きよりも回復を望まれる。

  • 恵みは人の資格ではなく、神の選びから始まる。

  • 福音は汚れた衣を脱がせ、新しい衣を着せる力である。


🔍 適用

  1. あなたの信仰生活は今も“罪悪感”の衣を着ていませんか?
     恵みの衣に着替えましょう。

  2. 周囲の人に、非難ではなく恵みの福音を伝えてみましょう。

  3. この地と諸国のために祈り、恥と絶望を覆う福音の働きに参加しましょう。

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