📖 ゼカリヤ書 8:18–23 〈諸国を向いた福音の回復、神に立ち返る道 〉
📖 ゼカリヤ書 8:18–23 〈諸国を向いた福音の回復、神に立ち返る道 〉
23 その日、多くの国々の異なる言葉を話す民の十人が一人のユダヤ人の衣のすそをつかんで言う。『私たちはあなたがたと一緒に行きたい。神があなたがたとともにおられることを聞いたからだ』と。」
✨ 福音の回復、諸国への召し
ゼカリヤ預言者は、バビロン捕囚後に失望していたイスラエルの民に、回復の希望を宣言しました。
神は再びエルサレムに戻り、真実と義によって治め(8:3)、民の悲しみを喜びに変えると約束されました。
しかし、この回復はイスラエルだけのものではなく、すべての国々が神に立ち返る福音の回復でした。
パウロがローマ15章で「聞いたことのない者たちが悟るであろう」と言ったように、神の救いの計画はいつもイスラエルを超えて諸国民に及びます。
福音は「閉ざされた神殿」から「開かれた神殿」へ、そして「自分の信仰」から「世界を向いた宣教的な生き方」へと広がっていくのです。
✨ 恵みのしるしとして建てられる教会
神は「断食の日を喜びと楽しみの日に変える」(8:19)と言われます。悔い改めと涙の日が、恵みの宴に変わる――これこそが福音の本質です。
罪と裁きの中から呼び出された者が、今や恵みの証人として立てられる――これが教会の始まりです。
教会は「神が福音を通して働かれる正式な場」であり、福音とは人間の努力ではなく、神が私たちのために成し遂げられた救いの出来事です。
したがって、宣教は人間の成果ではなく、**「神の御業を宣べ伝える礼拝的な応答」**なのです。
✨ 諸国がつかむ神の民
「十人の異邦人が一人のユダヤ人の衣のすそをつかむ」とは、諸国が神の臨在をもつ民に引き寄せられる「福音の回復」を象徴しています。
これこそが恵みによって与えられた宣教のビジョンです。
福音は知識ではなく、関係的な恵みの体験として伝わるとき、人の心を変えます。
つまり、短期的な決心ではなく、聖霊の働きによる深い回心と「忍耐強い同行の福音」が必要なのです。
今日、私たちの教会が「神が共におられる」ことを示す共同体となり、その衣のすそをつかむ者たちを迎える場となりますように。
🙏 祈り
恵みの神よ、私たちの罪を赦し、断食の日を喜びの日に変えてくださる主を賛美します。
私たちの信仰が留まることなく、諸国へと向かう福音の道を歩ませてください。
聖霊の力によって、この地とすべての国々の中に主の臨在が現れますように。
どうか私たちを、その通路としてお用いください。
💡 黙想ポイント
神の回復は、個人の祝福にとどまらず、すべての国々が神を知るようになる福音の拡張です。
今日、あなたの生き方を通して、誰かが「神があなたとともにおられる」と言うように祈りましょう。
🔍 適用
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福音の回復は悔い改めから始まります。まず自分の心の聖所を点検しましょう。
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あなたの周りでまだ福音を聞いたことのない人の名を挙げて、毎日祈りましょう。
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宣教は礼拝です。職場や学校、家庭で神の臨在を表しましょう。
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すべての結果を主に委ね、「聖霊が成し遂げる福音の拡張」を信頼し従いましょう。
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