📖 ゼカリヤ書 9:1–8 < 正義の神、悪を打ち砕き民を守られる主 >
📖 ゼカリヤ書 9:1–8 < 正義の神、悪を打ち砕き民を守られる主 >
8 わたしがわたしの家のまわりに陣を張って見張り、行き来する者がもうそこを通らないようにする。暴虐の者はもはやその地を通り過ぎない。いま、わたしが自分の目で見ているからだ。
✨ 裁きの中に現れる神の正義
預言者ゼカリヤは、ハデラク、ダマスコ、ツロ、シドン、ペリシテといった異邦の国々に下る神の裁きを宣言しました(9:1–6)。
これは単なる報復ではなく、神の聖なる支配が全地に確立されるという預言です。
高慢と貪欲、自分の栄光を追い求めた都市は崩れ、人間の力で築いた城壁は神の御前で無力となります。
神の正義は、罪を罰するだけのものではなく、御自分の民を回復するための聖なる秩序の回復なのです。
✨ 恵みの城壁で守られる神
7〜8節で神は、「わたしがわたしの家を守る」と約束されます。
これは単なる物理的なエルサレムの城壁ではなく、恵みの囲い、すなわち神の臨在によって守られる教会共同体を意味します。
この約束はすべての世代の信徒に当てはまります。
世の暴力や不正がいまだに存在しても、神の目は常にご自分の民に注がれています。
神の守りは一瞬も途切れず、キリストのうちにすでに始まった救いの統治によって完成されるのです。
✨ 「裁き」と「救い」を福音の視点で見る
ゼカリヤの預言は、まさに**「神による主導的な救い」**の影です。
人間の力で築いたツロの城壁は崩れましたが、キリストの十字架によって建てられた恵みの城壁は決して崩れません。
イエス・キリストはご自身の血によって教会を建てられ(使徒の働き20:28)、いまも聖霊によってその中に住まわれます。
これこそが「恵みによって建てられ、聖霊によって守られる教会」の真の姿です。
🙏 祈り
正義の神よ、世の高慢を打ち砕き、あなたの民を恵みによって守ってくださることを感謝します。
私たちの目がこの世の力や安全にとどまることなく、すでに十字架で勝利されたイエス・キリストを仰ぎ見させてください。
今日も、あなたが囲ってくださる恵みの中で平安に過ごし、悪の力の中でも信仰をもって堅く立たせてください。
主がご覧になり守ってくださるそのまなざしのもとで、教会が聖なる城壁として建て上げられますように。
💡 黙想ポイント
神の正義は裁きで終わるのではありません。
罪を打ち砕き、恵みによって守られる愛の支配へと続きます。
あなたの人生は、この世的な城壁の中にあるのか、それとも福音の城壁の中に立っているのかを省みましょう。
不正と悪が満ちる世の中でも、神が「いま、わたしが自分の目で見ている」(ゼカリヤ9:8)と語られることを信じ、勇気をもって生きましょう。
🔍 適用
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この世の安全よりも、神の守りを信頼しているか省みましょう。
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高慢と自己確信の城壁を取り壊し、恵みの囲いの中で謙遜に歩みましょう。
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福音の視点で世の不正や痛みを見つめ、神の正義と平和を伝える生き方を実践しましょう。
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