📖 ヨシュア記 5:2-15 〈 契約の神、再び聖くしてくださる方 〉

📖 ヨシュア記 5:2-15 〈 契約の神、再び聖くしてくださる方 〉

14 するとその方は言った。「いや、わたしは今、主の軍の将として来たのだ。」
ヨシュアは地にひれ伏して礼拝し、「わが主よ、しもべに何をお話しになりますか」と言った。


契約の民を新しくされる神

イスラエルがついにカナンの地に足を踏み入れた時、神が最初に命じられたのは「割礼」という契約のしるしの回復でした(5:2–8)。
荒野で生まれた新しい世代は割礼を受けていませんでした。つまり、契約の民としてのアイデンティティが曖昧になっていたのです。

神は勝利を与えられる方ですが、その前にまず 神の民を聖く区別し
「わたしは誰か。私はどんな民なのか。」
その根本を思い起こさせてくださいます。

これはまさに、宗教改革の中心である “恵みのみ(Sola Gratia)” を再び握る瞬間です。


恥のくびきを取り除かれる恵み

割礼の後、神はこう言われました。
「今日、わたしはあなたがたからエジプトの恥をぬぐい去った。」(5:9)
彼らが背負ってきた失敗、不従順、恐れ、さまよいは終わりました。
神は契約の恵みによって過去の傷を覆い、新しい地を歩む新しい心を与えてくださいます。

私たちも同じです。罪や過去の失敗が心を押しつぶすことがあります。
しかし、
「キリスト・イエスにある者は、もはや罪に定められることはない」(ローマ8:1)
神は恵みによって過去の重荷を取り除き、人生を新しく建て直してくださいます。


主の軍の将のご臨在 ― 戦いはあなたのものではない

ヨシュアはエリコの前で戦略を思い巡らしていたでしょう。
しかし神は“主の軍の将”として現れ、こう告げられます。
「いや、わたしは主の軍の将として来たのだ」(5:14)

つまり、この戦いの主導権はヨシュアではなく、神ご自身にあります。
成功も、戦いも、勝利も、すべては
“ただ神の栄光のために(Soli Deo Gloria)”
という真理を示しています。
私たちは従うだけでよいのです。勝利は神のものです。


🙏 祈り

聖くしてくださる神よ、私たちの過去を恵みで覆い、新しい契約の民として立たせてくださり感謝します。
自分の力で戦おうとする高ぶりを取り去ってください。
今日も主の軍の将の導きの前にひれ伏し、従う者としてください。
ただキリストにあって新しくされ、
ただ恵みにより生き、
ただ神の栄光のために歩む者としてください。アーメン。


💡 黙想ポイント

  • 今、私は神の前でどんな“契約のしるし”を失ったまま歩んでいないだろうか。

  • 過去の失敗や弱さを主に委ね、“エジプトの恥”を取り除かれる恵みを信頼しているか。

  • 戦いの主導権が神にあると信じ、今日どんな従順の一歩を選ぶべきか。


🔍 適用

  • あなたのアイデンティティをもう一度宣言してください。 私は契約の民です。

  • 過去の恥を握りしめないでください。 神がすでに取り除かれたことを信じて歩んでください。

  • 神を先頭に立ててください。 戦いは神のものだと認め、従順の一歩を踏み出しましょう。

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