📖 ヨシュア記 7:1-15 〈 隠された罪をあばかれる神、回復を開かれる福音の恵み 〉

📖 ヨシュア記 7:1-15 〈 隠された罪をあばかれる神、回復を開かれる福音の恵み 〉

11 イスラエルは罪を犯し、わたしが彼らに命じたわたしの契約を破り、また彼らは、聖絶のためにささげられた物を取って盗み、欺き、その物を自分たちの持ち物の中に入れた。
12 それゆえイスラエルの子らは敵の前に立ち向かうことができず、彼らの前から逃げ去った。彼ら自身が聖絶のものとなったからである。もしあなたがたの中からその聖絶のものを取り除かないなら、わたしは、もはやあなたがたとともにいない。


隠された罪をあばかれる神

アイの戦いでの敗北は、戦術の問題ではありませんでした。
アカンの隠された罪が、共同体全体を崩壊させたのです。
神は「わたしは、あなたがたとともにいない」(12節) と語られ、
罪が主の臨在を妨げることをはっきり示されました。

私たちの人生にも、見えない小さな罪、「これくらい大丈夫だろう」という心が、
霊的な敗北を招くことがあります。
しかし神が罪をあばかれるのは、裁くためではなく、回復のためです。
律法は私たちを絶望させるためではなく、
キリストのもとへ逃れるように導く鏡なのです。


聖さを回復へと導く神のことば

神はヨシュアに、「民を聖別せよ」(13節) と命じられました。
罪を自ら告白し、再び神の前に立つためです。

これは、人間の良心や律法が罪を認めさせる働きと似ています。
しかし、良心も律法も完全な解決を与えることはできません。
真の聖さは、キリストの贖いによってのみ与えられるのです。


さばきの場に現れる福音の光

アカンの罪は、共同体全体に痛みをもたらしました。
しかし神は、その罪を示し、取り除くことで、
再びイスラエルとともに歩まれました。

さばきは終わりではなく、
恵みに立ち返るための道です。
神のことばと聖霊は、隠れた罪を照らされますが、
その目的は滅びではなく、
福音による新しい歩みへ導くことにあります。


🙏 祈り

聖なる神よ、
私たちの内に隠されている罪を照らされるあなたの前に、
へりくだって進み出ます。
自分では解決できない罪を告白します。
どうかキリストの血潮によって清めてください。

私たちの家庭と共同体が、
あなたの恵みの中で聖さを回復できますように。
隠すことなく、誠実にあなたの前に立つ信仰を与えてください。
裁きではなく、回復へと導かれるあなたの愛を
もっと深くつかませてください。アーメン。


💡 黙想ポイント

神は罪を照らされますが、その目的は滅びではなく 回復です。
あなたの人生の「アカンの天幕」は何でしょうか。
主の前に出して、手放してみましょう。
聖さは自力ではなく、恵みによって始まり、恵みによって完成します。


🔍 適用

  • 人に知られていない罪を軽く扱っていませんか。
     今日、主の前に正直に告白してみましょう。

  • 罪を扱うとき、裁きや逃避に向かっていませんか。
     福音の道—悔い改めと回復—へ戻りましょう。

  • 共同体の中で、互いを信仰へ励ますために、
     恵みによって勧め合う歩みを実践してみましょう。

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