ヨハネの手紙 第一 1:1–10 〈 光の中へと招く福音の交わり 〉
📖 ヨハネの手紙 第一 1:1–10 〈 光の中へと招く福音の交わり 〉
9 もし、私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての不義から私たちをきよめてくださいます。
✨ いのちのことばは、私たちに現された
使徒ヨハネは、福音を抽象的な思想としてではなく、「見て、聞いて、手で触れた」実際の出来事として証しします(Ⅰヨハネ1:1)。
福音とは、神ご自身が歴史の中に入って来られたという知らせです。
イエス・キリストこそ、いのちのことばであり、その方のうちにのみ、まことのいのちが現されました。
それゆえ、信仰は生きておられるキリストとの実際的な出会いから始まります。
✨ 光の中を歩むこと ― 自己義を手放す道
ヨハネは神を「光」であると語ります(Ⅰヨハネ1:5)。
光である神の前には、隠すことのできるものは何一つありません。
私たちはしばしば「自分は大丈夫だ」と言って、自分を正当化しようとします。
しかしヨハネは、光の中を歩むことを「罪がないと主張すること」とは説明しません。
むしろ、自分の罪を認め、神の前に正直に立つことこそが、光の中を歩む生き方なのです。
自己義にしがみつくとき、私たちは再び闇の中にとどまってしまいます。
✨ 告白と赦し ― 福音の中心
ヨハネの手紙第一1章の頂点は、罪の告白と神の真実さにあります。
「もし、私たちが自分の罪を告白するなら」という言葉は、回心後の信者に与えられた恵みの通路です。
赦しは、私たちの行いではなく、神のご性質に基づいています。
神は「真実で正しい方」として、キリストの十字架に基づき、私たちをきよめてくださいます。
これこそが、恵みの福音です。
救いは、その始まりも、継続も、完成も、すべて神にあります。
🙏 祈り
光である神よ、私たちは自分の内にある闇を、自ら隠すことができない者であると告白します。
罪を否定するのではなく、十字架の前に正直に進み出ることができるようにしてください。
イエス・キリストの血によって、日ごとに新しくされ、
光の中で神と交わる喜びを、豊かに味わわせてください。
🔍 適用
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今日、神の前で隠している罪を、正直に告白してみましょう。
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自己弁護よりも、十字架の恵みを深く黙想してみましょう。
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「光の中を歩む」とは何かを、日常の選択の中で点検してみましょう。
💡 黙想ポイント
福音は、私たちを裁くために光を照らすのではなく、きよめるために明らかにします。
罪を隠すほど闇は深くなりますが、告白するほど恵みは鮮明になります。
今日も、光である神の前に正直に立ち、
キリストにあって与えられた真の交わりを味わいましょう。
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