📖 ヨシュア記 16:1-10 〈 神が与えられた嗣業、その地に信仰をもって踏み入れる 〉

 📖 ヨシュア記 16:1-10 〈 神が与えられた嗣業、その地に信仰をもって踏み入れる 〉

5 エフライムの子孫が、その氏族ごとに割り当てられた領地はこうであった。彼らの嗣業の境界は、東のアタロテ・アダルから上のベテ・ホロンにまで及んでいた。

神は約束を、私たちの”現実の地”として与えられる

ヨシュア記16章は、ヨセフの二人の子エフライムとマナセに与えられた地について語っています。
神はすでにカナンの地を約束しておられましたが、その約束は 信仰によって一歩踏み出すとき、初めて目に見える恵みとして実現します。

しかし 10節にはこうあります。
「ゲゼルに住むカナン人を追い払わなかったので、彼らは今日に至るまでエフライムの中に住み…(抜粋)」
約束は受け取ったのに、完全には手にしていない姿です。
それは私たちの心にも残る “追い出しきれない罪や恐れ” を思い起こさせます。

約束を受け取っても、すべてがすぐに完成するわけではない

“神はすでに救いという嗣業を与えてくださった。しかしその成就は、聖霊の導きの中で少しずつ進んでいく。”
これは、聖書が語る 「聖化」 の歩みです。

救いは完全に恵みの賜物ですが、
その恵みが日々の生活に深く浸透するためには、私たちは 聖霊に従う一歩 を続けていく必要があります。

ヨシュア16章の「未完の征服」は、私たち自身の 未完成な従順 の鏡です。
神は私たちを責めるためではなく、もっと深いきよさへと招くために歩み続けさせておられます。

残された “ゲゼル” は失敗ではなく、成長へと招く神の場

ゲゼルの住民を追い払えなかったという記録は、ただの敗北ではありません。
神は、その残された部分を通して より深い信頼と従順 を学ばせようとされました。

私たちにも同じことが起こります。
• 繰り返してしまう弱さ
• 解決できない関係
• 手放せない罪の傾向

これらは神が私たちを責めるためではなく、
「もっと近くへ来なさい」 という神の招きです。

聖霊は私たちを一瞬で完成させるのではなく、
時間をかけて 神のかたちを回復 してくださいます。

🙏 祈り

主よ、約束の地をいただきながらも、今なお追い出せない罪や恐れがあります。
しかし、あなたは私たちを見放すことなく、聖霊によって日々新しくしてくださる方であることを信じます。
どうか、歩みを止めず、あきらめず、従順の一歩を踏み出せるよう助けてください。
約束はすでに与えられています。私たちがその地に信仰をもって歩み入れる者となれますように。

🔍 適用

  1. あなたの心に残る “ゲゼル” ― まだ神に明け渡せていない領域は何ですか?

  2. 今日、具体的に一つの従順を決めて実行してみましょう。

  3. すでに与えられている恵みの嗣業(救い・身分・みことば)を感謝しながら歩んでみましょう。

💡 黙想ポイント

ヨシュア記16章は語ります。
「約束はすでに与えられている。今、その約束の地に信仰をもって踏み入れよ。」
神は、未完成に見える今日の歩みの中で、私たちを完全な恵みへと導いておられます。
今日も聖霊の導きを信頼して、一歩を踏み出す決断をしましょう。

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