マタイの福音書 8:23–34 〈 嵐を静められる主―人生の主権を現されるお方 〉
📖 マタイの福音書 8:23–34 〈 嵐を静められる主―人生の主権を現されるお方 〉
27 すると人々は驚いて言った。「この方は一体どのようなお方なのだろう。風や湖までもが従うとは。」
✨ 嵐のただ中で明らかにされる真の権威
イエスと弟子たちは舟に乗ってガリラヤ湖を渡っている途中、大きな嵐に遭いました。弟子たちはすでに多くの奇跡を見ていましたが、目の前の危機の中で恐れに支配されます。
「主よ、助けてください。私たちは死んでしまいます」(マタイ8:25)。
しかしイエスは、彼らの恐れよりも先に、その信仰の欠如を指摘されます。そして御言葉一つで、風と湖を静められました。
この出来事は、自然さえも治められるイエス・キリストの主権を明確に示しています。私たちの人生を揺さぶる嵐も、すべて主のご支配の下にあります。
✨ 悪霊さえも認める王の権威
続いてイエスは、ゲラサ人の地で悪霊につかれた人々と出会われます。人を破壊していた闇の力は、イエスの前で先に告白します。
「神の子よ」(マタイ8:29)。
悪霊たちはイエスの正体と権威を知っており、恐れます。やがて彼らは豚の群れに入り、その群れは即座に滅びます。
これは、イエスの権威が自然現象にとどまらず、目に見えない霊的世界にまで及ぶことを示しています。キリストは、すべての領域の主です。
✨ 安心を失うのか、それとも主に従うのか
しかし、町の人々の反応は意外なものでした。彼らは癒しと解放よりも、豚の群れを失ったという現実的な損失に心を奪われました。そしてイエスに、その地方から去ってほしいと願います。
これは、人の心がいかに容易に安定や利益を偶像化してしまうかを示しています。
福音は、人生をただ安全にするためのメッセージではありません。人生の主人が変えられる知らせです。
救いは私たちの選択ではなく、神の主権的な恵みによるものであり、その恵みは人生全体の方向を変えてしまいます。
🙏 祈り
主権者である神よ、人生の嵐の前で容易に恐れてしまう私たちの弱さを告白します。
目に見える損失や不安のゆえに、主を遠ざけることがありませんように。
すべての領域の王であるイエス・キリストを信頼し、
自分の人生の主導権を手放して、ただ恵みによって治められる主に従わせてください。
🔍 適用
今、あなたを恐れさせている「嵐」は何ですか。その問題を主の主権の下に委ねてください。
信仰よりも強く握りしめている安心や利益がないか、吟味してください。
人生の小さな領域に至るまで、イエス・キリストのご支配に従う決断を、今日実行してください。
💡 黙想ポイント
イエスは嵐を静められるだけでなく、私たちの人生を支配していた恐れや偶像をも治められます。
主の臨在は、私たちの快適さを揺さぶることがあります。しかしその場所にこそ、真の自由と回復があります。
今日もキリストを人生の主と告白し、福音の光の中で、新しい従順の一歩を踏み出してください。
コメント
コメントを投稿