マタイの福音書 10:16–33 <恐れの中で輝く、勇敢な証人>

📖 マタイの福音書 10:16–33 <恐れの中で輝く、勇敢な証人>

32 ですから、だれでも人の前でわたしを認める者は、わたしも天におられるわたしの父の前でその人を認めます。


✨ 狼の中に遣わされる羊として

イエスは弟子たちを遣わすにあたり、はっきりと語られました。
「わたしは、あなたがたを羊を狼の中に送るようにして遣わします」(マタイ10:16)。
福音に従う道は、決して安全な道ではありません。
この世は常に福音に好意的であるとは限りません。
しかしイエスは、恐れではなく知恵と純粋さを求められました。
「蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい」という言葉は、
福音の本質を失わずに生きるようにとの召しです。


✨ 人を恐れてはならない

イエスは繰り返し、「恐れてはならない」と語られました(マタイ10:26、28、31)。
弟子たちが恐れるべきなのは、人の評価や迫害ではなく、神の御前で生きることです。
人は体を殺すことはできても、たましいを支配することはできません。
私たちの人生は世の手の中にあるのではなく、神の主権の中にあります。
一羽の雀でさえ、神の許しなしには地に落ちません。
まして神の子である私たちは、どれほど尊い存在でしょうか。


✨ 隠さず、明らかにせよ

イエスはこう言われました。
「わたしが暗闇であなたがたに話したことを、明るみで言いなさい」(マタイ10:27)。
福音は、世の中で告白される信仰です。
信仰は沈黙によって証明されるものではありません。
時には損をし、誤解され、人間関係の緊張を受け入れなければならないこともあります。
それでもイエスは明確に約束されました。
人の前で主を告白する者を、主ご自身が神の御前で告白してくださるのです。


✨ 十字架を負う人生、しかし失われないいのち

イエスは、ご自分よりも家族を愛する者はふさわしくないと言われました(マタイ10:37)。
これは家族を憎めという命令ではなく、
人生の最優先がどこにあるのかを問う言葉です。
福音は、私たちの人間関係の秩序を新しくします。
自分のいのちを得ようとする者は失い、
イエスのためにいのちを失う者は、真のいのちを得るのです。
それは一見損のように見えますが、神の国の視点では、最も確かな益です。


🙏 祈り

主よ、世の視線と評価の前で揺れ動く私たちの心を、あなたはご存じです。
人を恐れるのではなく、神を恐れる信仰をお与えください。
福音を隠さず、人生をもって告白できる大胆さを与えてください。
私たちのいのちが主の御手の中にあることを信じ、
どんな状況にあっても、主を恥じることがありませんように。


🔍 適用

  • 信仰を安全な領域に閉じ込めていないか、振り返ってみましょう。

  • 今日一日、言葉や行いを通してイエスを告白する小さな決断をしてみましょう。

  • 恐れを感じるとき、神があなたをどれほど尊い存在として見ておられるかを思い出してください。


💡 黙想ポイント

マタイの福音書10章は、弟子の道が決して容易ではないことを隠していません。
しかし同時に、その道が神の御手の中にあることをはっきりと示しています。
恐れの中でも福音を握り続ける者を、主は決して見捨てられません。
今日も、人の評価ではなく、神の御前での誠実さを選び、
福音の証人として歩みなさい。

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