マタイの福音書 18:10-20 < 小さい者に向けられた神の御心 >

📖 マタイの福音書 18:10-20 < 小さい者に向けられた神の御心 >

14 このように、この小さい者たちのひとりでも滅びることは、天におられるあなたがたの父の御心ではありません。


小さい者ひとりを探し求められる神

イエスは「これらの小さい者たちのひとりでも軽んじてはなりません」(10節)と言われました。世は力ある者、有能な者に注目します。しかし神は、弱く小さい者をまずご覧になります。これは神のご性質を現すみことばです。

すなわち、神は聖であられると同時に、あわれみ深いお方です。その聖なる神が、迷い出た羊一匹を探すために、九十九匹を残して出て行かれます(12–13節)。これが恵みです。人間が全的に堕落しているにもかかわらず、神はあきらめられません。


教会は失われた者を立て上げる共同体

イエスは続けて、兄弟が罪を犯したとき、どのように回復へ導くべきかを教えられました(15–17節)。目的は断罪ではなく、回復です。教会は完全な人の集まりではなく、恵みによって召し集められた共同体です。

「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいる」(20節)という約束は、小さな集まりであっても、福音の上に立つとき、天の権威が臨むことを示しています。


天の権威、地上の回復

「つなぐこと、解くこと」(18節)の権威は、教会に委ねられた福音の務めを意味します。それは人間の権力ではなく、キリストのみことばに基づく権威です。キリストの贖いは、実際に失われた者を救う力です。

ですから、小さい者を抱く教会こそ、神の御心に似た教会です。私たちの視線が大きく華やかなものにとどまるのではなく、今日、そばにいる一人のたましいへと向けられますように。


🙏 祈り

あわれみ深い神よ。弱い者を探し求められる御父の心を、私たちにも注いでください。さばきよりも回復を選ぶ者とならせてください。小さな集まりであっても、福音の上に堅く立たせてください。失われた者を求める主の情熱にあずからせてください。


🔍 適用

・ 弱い兄弟姉妹を無関心に通り過ぎていなかったか、省みましょう。
・ 葛藤の中でも、回復を目標に対話し、祈りましょう。
・ ふたり三人でも、みことばと祈りによって教会を建て上げましょう。


💡 黙想ポイント

神は小さい者ひとりのために動かれます。教会はその御心を現す場所です。今日も一つのたましいのために、神の御心に従いましょう。

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