マタイの福音書 9:14–26 〈 新しいぶどう酒は新しい皮袋に、死に打ち勝つ福音 〉

📖 マタイの福音書 9:14–26 〈 新しいぶどう酒は新しい皮袋に、死に打ち勝つ福音 〉

26 そのうわさは、その地方全体に広まった。


✨ 断食をめぐる論争 ― 心の中心が明らかにされる

ヨハネの弟子たちはイエスに尋ねました。
「なぜ私たちとパリサイ人は断食をするのに、あなたの弟子たちはしないのですか。」

イエスは婚礼のたとえで答えられます。
花婿が一緒にいる間は、悲しむ時ではなく、喜ぶ時だというのです。

これは、信仰の形式よりも、イエス・キリストご自身が中心であることを示す御言葉です。
信仰の熱心さは大切ですが、その熱心さがキリストを隠してしまうなら、かえって福音を覆い隠してしまいます。


✨ 新しいぶどう酒は新しい皮袋に

イエスは、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れてはならないと言われました。
福音とは、心と人生のすべてを新しくされる神の力です。

人間の功績や慣れ親しんだ習慣では、この福音を受け止めることはできません。
回心とは、外見が変わることではなく、心の向きが変えられる出来事です。
それが、恵みによって始まる新しいいのちです。


✨ 死を越えて差し伸べられるイエスの御手

会堂司の娘はすでに死に、長血を患う女は長年苦しんでいました。
しかしイエスは、その絶望のただ中へと踏み込まれます。

イエスは手を取って起こし、
「あなたの信仰があなたを救った」と宣言されます。

ここで言う信仰とは、何かを成し遂げる力ではなく、
イエスによりすがって進み出る、空の手です。
死でさえも、主の前では終わりではありません。


✨ 公義と憐れみが出会う場所

マタイの福音書9章は、神の公義が憐れみのうちに完成される場面を示しています。
イエスは、罪と死の現実を無視されません。
むしろ、そのすべてを十字架において負われるお方です。

福音は私たちを罪に定めるのではなく、
新しいいのちへと招きます。
それゆえ、キリストにある者にとって、さばきは回復の始まりです。


🙏 祈り

主よ、形式と習慣に安住している私たちの心を打ち砕いてください。
新しいぶどう酒である福音を、古い考えに閉じ込めることがないように。
御霊によって、私たちを新しい皮袋としてください。

絶望の中でも、主の御手を握ることができますように。
信仰によって、いのちを生きる者としてください。
ただキリストによってのみ、生きる者としてください。


🔍 適用

・ 信仰の形式が、キリストご自身を隠していないか点検してください。
・ 慣れ親しんだ方法よりも、御言葉の前で心が新しくされるよう祈りましょう。
・ 絶望の中にいる隣人に、福音のいのちを伝えてください。


💡 黙想ポイント

新しいぶどう酒は、新しい皮袋に入れられます。
イエス・キリストは、死をいのちに変えるために来られた救い主です。
今日も、空の手で主のもとに進み出てください。
福音は、今も私たちを新しくし続けています。

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